結局 Twitter だって道具のひとつに過ぎないのだ。 のこぎりで釘は打てない。 その道具が適切かどうかは, 人と状況によるんだよね。 だから「道具」を前面に出しすぎる「社会論」はどこか空虚に見えるのかもしれない。 Twitter は確かにインターネットのギアを一段上げてしまったのだろうけど, それはあくまでもきっかけに過ぎないし, 誰もが皆ハイギアで高速道路を疾走しているわけでもない。
あと 『Twitter 社会論』 に出てくる話はわりと 『ウィキノミクス』 に符合するんだよね。 ちなみに 『ウィキノミクス』 の原書は2006年に出版されていて Twitter が注目されるよりも前だ。 つまり今起こっていることは「ツイッター・インパクト」を起点にしているのではなく, もともとそういう下地ができつつあった状況を Twitter が加速させている, と考えることもできるんだよね。 まぁ日本はちょっと事情が違うかもしれないけど。 (著作権の細かいところにグダグダ煩いところとか, ホント日本的だよね)
とまぁ色々書いたけど, お手軽に読めるし(私は TV を見ながら4時間ほどで読めた), 読み物として面白いことは確かなので読んで損はないと思う。
『Twitter 社会論』を読む — Baldanders.info (via pdl2h)
「ウィキノミクス」は買ったけど結局まだ読んでないな。
「tsudaる」は中継行為の一態様又は様式を指すが、「ツダヂカラ」はエゴサーチのリーチ及び負のフィードバックを恐れず更なる対話を望む姿勢なのではないか。サンスティーンが懸念したエコーチャンバー問題を自身への関心をフックに「誤配」で破る点が面白い。
そもそも空気って読むものじゃなくて、吸うものだよね?
結論としては読んでおく本だと思う。
世にあまたあるやっつけ経済本とは本質的に違うと強く感じた。一冊を通じてポピュリズムが皆無である。“人を大事にしよう”とも“良い世の中にしよう”とも言わない。徹頭徹尾“日本の効率を改善するには何が問題で、何をすべきか”を論じている。池田信夫は世間に良い人だと思われなくても構わないらしい。だから一切ためらいながない。
しかしながら「俺の言うことが分からないヤツは馬鹿」と言わんばかりの文章には何度もイラッとさせられる。まあ確かにボクとはデキが違うのは事実なのだが、人は馬鹿扱いされると、しかもそれが事実であるほどムッとするのだ。
このレビューを読んでいる人はおそらく池田信夫のブログも愛読しているだろうが、実はあのブログでは情報が断片で与えられるがゆえに、余計にそういうイライラは強かった。むしろこの本で、弱者を放置していいと考えているわけではないことが分かって少し安心した。問題にしていたのは“やり方”だったらしい。
さて、不愉快な本である。がしかしボクは多分池田信夫の次回作を買うだろう。気分は悪いが頭の良い人間が時間をかけて集めた情報を整理して開陳してくれるのだから意味は大いにある。感情を理性で乗り越えて読むだけの価値がある本なんてそうあるものではない。
ボクは著者に以前からひとつ問いたかったことがある。とある高校の野球部で「どんなことをしてでも甲子園で優勝しよう」とチーム全員で誓ったとする。優勝のために結局全メンバーを入れ替えて目的を果たした場合、これを成功というのだろうか? 何というか彼の話はとれも理路整然としているのだけれど、そういう閾値みたいなものが欠落しているような気がする。マクロの話は人が生きる話とは永遠に整合しないのだろうか?
文章の書き方もいいし、序盤から中盤は面白かった。自分には役に立たない話が多かったから評価は1.たぶんそれなりの立場の人が読めば興味深い本なんだと思う。(´・ω・`)マーケティングとかする人には面白いんじゃないかなきっと。
Twitter社会論 ~新たなリアルタイム・ウェブの潮流 (新書y) についての感想・レビュー・書評, 津田 大介, 新書 | web本棚ブクログ
所詮ほら、津田氏って音楽ゴロの一種、亜種なわけだからさ、そこまでありがたがるのもどうかと思うけどねえ
本書は「Twitter入門書」的な存在ではなく、あくまでも Twitter を通じて「いま社会にどんな変化が起きようとしているか」を語った本です。その意味で、「Twitter なんて始めるつもりはない」と考えている方でも、いやそう考えている方こそ、本書をチェックしておくべきでしょう。
米国のベンチャー企業が運営しているウェブサービスにすぎない Twitter が、なぜこれほどまでに騒がれ、流行しているのか。穿った見方をすれば「大手企業が流行らせようとしているのさ、セカンドライフの時みたいに」となるのでしょうが、仮にそのような動きがあったとしても、企業に踊らされ続けるほど消費者はバカではありません(それこそセカンドライフの顛末を見れば明らかです)。「140文字のミニブログサービス」という、一見何の革新性もあるように見えない皮の下に、どんな本質が隠されているのか。そしてそれは、私たちの生活をどのように変える可能性があるのか。『Twitter社会論』はこの問いに真正面から取り組み、一つの答えを提示してくれています。
津田大介著「Twitter社会論」が発売された。
どうやらこの本、全国発売は明日らしいのだが、Twitter上では既に「買った」・「読んだ」というつぶやきが見られたので駅前の丸広(←埼玉にある百貨店です、念のため)にある紀伊国屋で探してみたら1冊だけ在庫されてて迷わずゲット。
本を読むのは遅い僕だが、すぐに読了した。僕がTwitterについて把握しておきたかった、可能性と問題点について実例を交えてまとめられていたのがよかった。個人的には期待以上の内容だった。
Twitterユーザーならすんなり読めると思う。が、使ったことのない人にこの内容はどの程度まで理解されるだろう?そういうTwitter未経験者には「とにかくTwitter使ってみろ!」って感じだな。
ま、Twitterを使う・使わないにしろ、Twitterのことは知ってた方がいいと思うので、この本読んでおくことをおすすめしたい。
そもそも閑古鳥が鳴いている「企業ブログ」を放置しているような企業がツイッターを試してみたところで結果は同じなのだ。
「Twitter社会論 新たなリアルタイム・ウェブの潮流」津田大介著 洋泉社 新書 227 ISBN978-4-86248-482-6 (via tyzm)
Amazonに「話題になっている本のようですが、著者について調べたところ金髪でしたので読む必要がないと感じました。流行のサービスを取り上げているということで、一応☆2つとしておきます」とかゴミみたいなレビュー書いてくるかな。更にアカウントを変えて「あの金髪はたてがみであって王者の証ですので、本の内容とは関係がないと思います。念のため」とか書きたい。
エクペリエンスは所有できない。コンテンツとメディアは所有できる。が、メディアの所有価値は残っているが、コンテンツの所有価値はとても曖昧。所有できないエクスペリエンスが、一番、経済的価値を持つようになっている
結婚のメリットは、かなり多いと私は考えています。一方、結婚しないことのデメリットは、35歳までは顕在化しません。結婚は楽しいことばかりではありませんが、独身でいるよりも、様々な経験をする機会があります。その経験の積み重ねの有無で、思考の幅に差が出てきてしまうのが、だいたい35歳ぐらいです。私はこれを勝手に「35歳独身限界説」と名づけています。
この35歳という年齢は、私の感覚的なもので、特別な根拠はないのですが、複数の企業経営者もこの説に賛同しています。自社の社員の中でも未婚者が増えていて、35歳を超えた未婚の社員には、仕事熱心というよりも「仕事へのしがみつき」が生じてきていて、以前は職場のエースだった社員も職場の化石になる、と嘆いている経営者が多くいます。もちろん35歳を超えた未婚者全員がそうなってしまうわけではありません。しかし、35歳を分岐点に、結婚という経験の有無が、人格形成に大きな影響を与えているということは、多くの人の実感にも合っているかと思います。
勝間和代の『誰でも出来る』日本支配計画 (via gamme)